発表のポイント
- リピドミクスにて神経変性疾患に共通した血液スフィンゴ脂質異常を発見
- 神経変性疾患の血液スフィンゴ脂質異常は新たな診断バイオマーカーや創薬に道を拓く可能性
概要
認知症性疾患やパーキンソン病関連疾患などの神経変性疾患は、人口の高齢化と共に我が国では増加の一途を辿っており、その根本治療法開発が急務となっています。これまで様々な脂質異常が神経変性疾患と関連していると報告されて来ましたが、どの様な脂質異常が神経変性疾患において最も重要な役割を担っているかはまだわかっていないのが現状です。我々は神経変性疾患にどのような脂質異常が最も関与しているかを調べるために神経変性疾患患者(パーキンソン病*1、レビー小体型認知症*2、多系統萎縮症*3、アルツハイマー病*4、進行性核上性麻痺*5)と健常対照者を対象に、血液リピドミクスと呼ばれる網羅的な血液脂質解析を行いました。その結果、血液スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は、すべての神経変性疾患群で健常対照者群より有意に低値、血液モノヘキシルセラミド(MonCer)と血液ラクトシルセラミド(LacCer)は、すべての神経変性疾患群で健常対照者群より有意に高値を示しました。S1P、MonCerとLacCerはいずれもスフィンゴ脂質の一種です。また、神経細胞においてS1Pの減少、MonCerの主成分であるグルコシルセラミド(GlcCer)の蓄積と LacCer の蓄積は神経細胞死を起こすことが知られています。今回の結果から、血液スフィンゴ脂質異常が神経変性疾患に共通した新たな診断バイオマーカーになる可能性が示唆されたと考えられます。さらにS1Pの量を増やし、MonCerとLacCerの量を減らす方法を探索することにより、今後の神経変性疾患の創薬に大きく道を拓く可能性があります。
この研究成果は、科学誌PLOS ONEにオンラインで2022年12月16日(日本時間)に掲載されました。
詳細な説明
我が国では人口の高齢化と共に、高齢者に多い認知症性疾患やパーキンソン病関連疾患などの神経変性疾患が増加の一途を辿っており、その根本治療法開発が急務となっています。これまで、様々な脂質異常が神経変性疾患の病態に関連していることが報告されています。しかし、どの脂質異常が神経変性疾患において最も重要な役割を担っているかはまだわかっていないのが現状です。近年、血液リピドミクスと呼ばれる網羅的な血液脂質解析が開発され、神経変性疾患における血液脂質異常を探索する優れた先進的な解析方法として注目されています。これまで、血液リピドミクスは一部の神経変性疾患のみに施行されており、神経変性疾患全般には行われておりませんでした。そこで、我々は今回、神経変性疾患患者(パーキンソン病*1、レビー小体型認知症*2、多系統萎縮症*3、アルツハイマー病*4、進行性核上性麻痺*5)と健常対照者を対象に、精度の高い液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析装置を用いて血液リピドミクスを行いました。その結果、血液スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は、すべての神経変性疾患群で健常対照者群より有意に低値、血液モノヘキシルセラミド(MonCer)と血液ラクトシルセラミド(LacCer)は、すべての神経変性疾患群で健常対照者群より有意に高値を示しました(図1)。セラミドは皮膚の保湿成分として一般に良く知られているスフィンゴ脂質です。神経変性疾患の血液で異常を示した S1P、MonCerとLacCerはすべてこのセラミドから合成されるスフィンゴ脂質です(図1)。神経細胞ではS1Pの減少とMonCerの主成分であるグルコシルセラミド(GlcCer)の過剰な蓄積により細胞内の不要物の分解が障害され、その結果として神経細胞死に至るとされています。また、LacCerの蓄積は神経細胞に過剰な炎症反応を引き起こすことにより神経細胞死に至るとされています。今回、神経変性疾患患者において、血液S1P濃度が低下、血液MonCerと血液LacCer濃度が上昇していたことは、血液スフィンゴ脂質異常が神経変性疾患に共通した新規診断バイオマーカーになる可能性を示唆します。さらにS1Pの量を増やし、MonCer、LacCerの量を減らす方法を探索することで、神経変性疾患治療薬の開発に役立つと考えられ、今後の神経変性疾患の創薬に大きく道を拓く可能性があります。
(図1)本研究で明らかになった神経変性疾患における
血液スフィンゴ脂質異常
セラミドが代謝されてスフィンゴシンとなり、さらにスフィンゴシンが代謝されてスフィンゴシン-1-リン酸が生成される。一方で、セラミドにグルコースを付加することによりグルコシルセラミドが生成され、グルコシルセラミドにガラクトースを付加することによりラクトシルセラミドが生成される。神経変性疾患では、血液スフィンゴシン-1-リン酸が低下し、血液グルコシルセラミドと血液ラクトシルセラミドが蓄積する。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の橋渡し研究加速ネットワークプログラム「レビー小体病患者の病理解析とバイオマーカー探索」の研究助成により実施しました。
*1 パーキンソン病
パーキンソン症状を主な症状とするパーキンソン病関連疾患の一つ。発生率は1000人年あたり8~18人で、パーキンソン症状を来す疾患で最も多い。脳病理組織にてレビー小体と呼ばれるαシヌクレインを主な成分とする凝集体が存在する。
*2 レビー小体型認知症
認知症、幻視やパーキンソン症状を主な症状とする認知症性疾患。発生率は1000人年あたり0.5~1.6人とされている。パーキンソン病とは類縁疾患であり、脳病理組織にてレビー小体が存在する。
*3 多系統萎縮症
薬剤反応性不良のパーキンソン症状、小脳機能障害、自律神経失調症などの症状を特徴とする成人発症の希少のパーキンソン病関連疾患である。脳病理組織にてグリア細胞質内封入体と呼ばれるαシヌクレインを主な成分とする凝集体が存在する。
*4 アルツハイマー病
認知症を主な症状とする認知症性疾患。最も多い神経変性疾患であり、現在世界中で約4000万人が罹患しているとされる。発症には年齢が最も重要なリスク因子である。
*5 進行性核上性麻痺
垂直方向の眼球運動障害、姿勢不安定、転倒を主な症状とする希少性のパーキンソン病関連疾患である。
論文情報
- 雑 誌 名:
- PLOS ONE
- 論文タイトル:
- Plasma sphingolipid abnormalities in neurodegenerative diseases
- 著 者:
- Hideki Oizumi, Yoko Sugimura, Tomoko Totsune, Iori Kawasaki, Saki Ohshiro, Toru Baba, Teiko Kimpara, Hiroaki Sakuma, Takafumi Hasegawa, Ichiro Kawahata, Kohji Fukunaga, Atsushi Takeda
- DOI番号:
- 10.1371/journal.pone.0279315. eCollection 2022.
問い合わせ先
<研究に関すること>
NHO仙台西多賀病院 脳神経内科医長 大泉 英樹
電話:022-245-2111